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残念エピソード

裁判中の残念エピソードNo.14

私たちが裁判を申立てしてから裁判が終わるまで実親様の失踪という突然の出来事により手続上の様々な苦労がありました。
当初、裁判申立てをし、その後実親様の出廷を伴う裁判が始まることになっていたのですが、裁判開始1ヵ月前に実親様が住んでいた所から行方がわからなくなってしまいまいした。

裁判はそのまま開始しましたが、裁判開始直前に異動により調査官が新しい方になったことにより、以前の調査官には育児日記の数ページの提出で済んでいたことが、新たな調査官からは数か月分の育児日記全部のコピーを用意するよう言われ提出しなければなりませんでした。

その後、しばらく経ち養育期間が終わり、当方宛の審判書が届き待ちに待った戸籍上の手続きが完了するかと思いきや、実親様への審判書の送付が確実に行われなければ手続きは完了できないという事態に陥り、依然行方不明である実親様宛の審判書の送付という大変困難な問題に直面しました。

まず、裁判所は実親様が行方不明になる前の申立て時の住所に書類を送付しました。
この申立て時の住所については、所在不明にかかる証明書類を提出しており、裁判所も実親様がいないということは承知しているにもかかわらず、形式に則って送付されたため当然書類は受け取られるはずも無く、案の定裁判所に戻ってきました。
(所在不明の書類提出後、裁判所からBPに、実親様の所在不明になった経緯を必要以上に事細かに電話で尋ねられ、不快な思いをされたそうです。)

次に、裁判所からの依頼で、実親様の居場所を突き止めるべくBPに戸籍の書類を取り寄せてもらう等した結果、新しい居住先が判明したため、裁判所がその新住所に書類を再送付しました。
しかし、書類は受け取られず戻ってきたため、裁判所は送付日時に工夫をして更に新住所に送付を試みるも、書類はやはり受け取られることなく戻ってきてしまいました。

本来であれば、その後の手続きを経て、もう一度最終的な書類を送り、それでも受け取られないようであれば、受け取りの如何にかかわらず裁判が終わる予定でした。

しかし、再び実親様が新住所からも行方がわからなくなってしまったことから、今まで行ってきた送付手続きは白紙になり、また実親様の行方調査から改めて再度送付手続きを行わなければならず、振り出しに戻ってしまいました。

そして、実親様の最新の所在を確認すべく、BPに再度戸籍の書類を取り寄せをお願いしましたが、もう手元に実親様の同意書がない為、裁判所で取ってもらって下さい。
とのことで、書記官にそう伝えましたが、そういう事は裁判所ではやってないので、書類の取り寄せ方法を教えるので、申立て本人が書類を取って提出して下さいと言われ、養親である私達が、実親様の戸籍の書類を取り寄せなければなりませんでした。

実親様の所在確認は、沖縄だろうと北海道だろうと新しい居場所がわかる限りどこまででも追わなければならず、その書類取り寄せや調査などは、何回でも自分たちでやらなければならないといわれ、気の遠くなる思いをしました。
いつ終えるともしれない所在確認に時間を費やし続けている間も、愛する子供は社会からは、ただの同居人扱いかと思うと、やるせない気持ちでいっぱいになりました。

その後、実親様の所在が全く掴めなくなり、ようやく最終手段の手続きへと進む事が出来ることになりました。
その手続きから1ヵ月を要し、ついに裁判を終了することができました。

実親様の所在確認について、過去の事例では、裁判所が実親様の所在書類の取り寄せ、調査などしてくれると聞いており、本件にあっては全く動いてくれず、養親自身が行わなければならなかったため、大変な苦労を要しました。

審判書の送付についても、結局、裁判所から実親様宛に無駄に何回も書類を送っては戻ってきての繰り返しで、当方に審判書が届いてから、確定するのに約5ヵ月もの期間を要したこともあり、申立てから裁判が終わるまでの約1年間、長い辛抱を強いられる結果となってしまいました。

裁判という法の元での手続きが、事務的に粛々と行われることは理解できますが、あまりにも融通が利かず、当事者の気持ちに寄り添わないものでした。

本件を通して、実親様に協力して頂ける重要性を痛感しました。
実親様、養親双方に過度の負担がかからないようなよりよい特別養子縁組制度の手続きが確立されることを切に願います。

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